第5話 樽前山と支笏湖観光地の食堂



目が覚めると、支笏湖の湖畔は静かだった。遠くに木の生えていない台地状の樽前山が見える。今日の予定は樽前山に行く予定だ。樽前山は自転車でかなりのところまで登ることが出来る。とりあえず荷物はキャンプサイトに置いておいて、身軽の状態で樽前山を目指すことにする。

朝ごはんを食べ、キャンプ地を後にする。荷物から開放された自転車はすいすいと湖畔の道をはしる。しばらく行くと、お土産屋さんが多くならぶ湖畔の観光地がある。まだ朝が早いので今は寄らず、帰りによることにした。観光地を越えてからまた深い森の中を走る。背の高い白樺やミズナラの木をみながら開けた森の中をすすむ。程なくして樽前山の登山口への分岐があらわれた。ここからは未舗装路が登山口まで6.5kmほど続いている。単なるダートであれば、MTBである僕の相棒なら楽しく走ることが出来るのだが、この路面は砂利が敷いてあり、路面がゆるく、MTBでもタイヤを取られてしまう。また少し沈んでしまうため、とてもペダルが重かった。しかも北海道の道は地形を無視してまっすぐに作るので、山の上に近づくにつれ傾斜がきつくなり、この間の道のりはかなりきつかった。



支笏湖の朝は静かだった。

 

ようやく登山口についたが、もう頂上まで上る時間も体力ももう残っていない。とりあえず少し先に展望台があるので、そこに行ってみることにする。深い緑色の針葉樹の森の中に、先ほどいた支笏湖が見える。がんばって走ってきた道のりもすぐそこ、という感じに見える。登山口にはシマリスがいた。餌付けされているみたいでよく人に慣れているみたいだ。管理人がいるのだろう、置いてあるひまわりの種を両手で食べる姿がかわいい。

ひととおり遊んだし、また下界へ戻らなければならない。先ほどつらい目して上った未舗装路を気持ちよく下り・・・というわけにはいかず、路面がゆるく、結構気を使いながら下らなければいけない。また先ほどの観光地へもどり、食堂で遅い昼食をとることにした。普通の観光地のごくありふれた食堂なのだが、ここで面白い体験をした。

僕はこの旅の数年後、北海道に住むことになる。北海道に移り住んでから2年ほど経ったとき、久々に支笏湖へ遊びに来て、昔の旅の懐かしさもあってこの食堂に入った。そして旅のときと同じメニューを頼み、友人に旅の途中にこの食堂に寄った話をしていた。すると、ここのお上さんの様子がなんか違う。なんか知っている人、という風に僕を見ているのだ。当然僕はお上さんのことを覚えている。でも向こうからすれば僕は単なる観光客。6年くらい経ってまさか僕のことなんて覚えているわけがないと思っていたのだが、恐る恐る数年前にこの食堂に来たことを話してみた。なんとお上さんは僕たちのことを覚えているという!「たしかこの席で、あと男の子と女の子がいたよね」といわれた。大正解である。あまりの記憶力に感動したのだけど、最後に「あなたのような顔の方って珍しいから」と言われたときは、それはいったいそれはどういう意味なのかしばらく悩んだ。




樽前山の展望台。後ろに見えるのが支笏湖


さて、ご飯を食べて、しばらく時間があるからキャンプ場の近くの「丸駒温泉」に行くことにする。この温泉は湖の湖畔に湧く温泉で、温泉の水面と湖の水面が同じ高さであるらしいのだ。入湯料は少々高いが、面白そうなんで行ってみことにする。3日ぶりのお風呂である。

湯船は広くて深かった。座ると顔まで沈んでしまうから中腰で入るか、どこかの岩を見つけてそこに腰をかけることになる。ちょうど座るにはよい岩を見つけて腰掛けた。本当にお湯の水面と湖の水面が同じ高さで、湯船のへりから湖に飛び込めるくらい近い。のぼせたら湖に飛び込んでやろうかと思ったが、溺れたらかっこ悪いのでやめておく。湖面は静かで、先ほどいた樽前山が水面に映っている。

I君と湯船で話していたら、湯船の奥のほうにいる人から声をかけられた。



登山口にいるリスさん。食べる姿がかわいい。

「おう、お前ら旅人か?」、I君は地元なのでちょっと返事に困っていたが、僕は喜んで「はい」と答えた。「これからどこへ行く予定だ?」僕はこれから苫小牧方面へ行くことを伝え、I君は札幌に戻ることを伝えた。「よし、俺は苫小牧で居酒屋をやっているからお店に来い。ご馳走してやるから」「わあ、ありがとうございます!」僕は喜んでおじさんから連絡先を教えてもらった。

久々の温泉でさっぱりし、ほほに触れる風を気持ちよく感じながら、僕たちはキャンプサイトに戻った。 (つづく)

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