第2話 海の上

 

ヴゥゥンヴゥゥン・・・。

目が覚めると小さい振動と低い低周波の音の中だった。いまフェリーの中にいることに気がつくのに時間がかからなかった。トイレに行こうと廊下を歩いてもジグザグ歩きになってしまう。少し海が時化ているのか、船が左右に揺れながら航行しているみたいだった。揺れながらなんとかトイレを済まし、とりあえずロビーの方へいって扉から外を眺めた。窓の外は果てしなく広がる青い海、そして同じように広がる空だった。下のほうを見ると船が起こした波しぶきが、砕けながらかなりのスピードで後ろへ飛んでいった。よくよく見ると、波間にバッタみたいなものが羽ばたきながら飛んでいくのが見えた。トビウオだった。中には何メートルも飛ぶのもいて、見ていて飽きなかった。

このフェリーは巨大で、客室のほかに2つの大きなレストランやバー、大浴場、サウナ、売店からゲームコーナー、カラオケボックスまである。長い船旅を快適に過ごせるようにいろいろな施設があり、まるで巨大なホテルのようだった。ホテルとの大きな違いはずっと聞こえるヴゥゥンというエンジン音と、床が揺れていること、そして、窓から見える景色が動いていることである。

僕はこのフェリーに乗って、いままで慣れ親しんだ土地を離れる緊張感と、憧れの北海道へ行くことが出来る期待で、思わず笑いが「へっへっへ」とこみ上げてくるのだった。


フェリーは海の上をどんどん進む

北海道は憧れの土地であった。よく写真でみる広大な大地、青い空、地平線。そして雄大な自然。パンフレットなどでみる景色は僕の旅心をくすぐった。それともうひとつ、僕が北海道に行きたい理由があった。

当時僕は受験が終わって、さあ、遊ぶぞ!という時期だった。受験が早めに終わって高校の春休みにアルバイトをした。受験で進路を選ぶときに、誰でも多かれ少なかれ人生や将来について考えたと思う。ただ自然が好き、というだけで農学部に進み、今後自分がどういう風に社会に出て行くかまったく想像がつかず、自分は何がしたいか、何が出来るかもわからず悶々としていた。とにかくあまり考えずに毎日毎日自転車に乗っていた。アルバイトはあまり楽しくなく、サラリーマンになったらこれがもっと厳しくなると思えば、人生お先真っ暗、という感じだった。だから将来のことはあえて考えないようにしていた。だから何もかも忘れられる自転車に没頭していたのかもしれない。テントを持って2,3日のツーリングに行っていたのも、現実から逃げたくてより遠くへ走っていたのかもしれない。楽しい自転車に乗っていても、旅をしていても、この自由には必ず終わりが来る、という気持ちがずっと心の隅っこに引っかかっていた。今のうちに、今しか出来ないことをやっとかなければ、と思って出した答えが、北海道の一人旅だった。

当時僕は旅のエッセイが大好きで。とくに自転車での旅のエッセイを好んだ。そのとき自転車のエッセイで、細かい内容やタイトルは忘れてしまったが、確かこんな内容だった。たしかその著者は、今の生活に疑問を感じ、仕事や住居など生活のすべてを捨てて自転車で旅に出る、という内容で、そのころの僕の気持ちにマッチした。そして、この本が僕の気持ちをわしづかみにしたのが、本の扉を開けたところにちょっとした短い文があって、(細かくは忘れてしまったが)人生のことが書いてあった。その文の最後に「稚内のバス停の落書きより―――」と書いてあった。これを見た僕は「ああ、やっぱりみんな悩んでいたんだ!そして北海道で旅をしながら答えをみつけているんだ!だから僕も何か答えがわかるかもしれない、ぜひ行きたい!いや、行かなければ!」と思っていたのである。

とりあえずロビーのソファーでガイドブックとツーリングマップルを取り出して、どのルートを走るか考えた。(実は、どのルートにするかまったく決めてなかったのだ)

ガイドブックの写真は青い空、広大な大地、おいしそうな魚介類の写真でいっぱいだった。僕もこれからこの世界にいけると思うとわくわくしすぎて震えそうになった。

 


海に沈む夕日はすばらしかった

北海道に行けるうれしさでニヤニヤしながらロビーのソファーでツーリングマップルを見ていたら、昨日知り合ったI君が隣に来た。「僕は北海道に戻ってもまだ時間があるから面白いところ案内しようか?」といった。僕は心強かった。そしてその後に顔を出したKさんも、数日間は一緒に旅するとことになった。この後3人で甲板に出て飛ばされそうな風を楽しんだり、海に沈む夕日に感動したり、小樽までの船旅は楽しいものとなった。(つづく)

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