第14話 知床から網走へ 

 目が覚めて気づいた。首の辺りなど、リュックサックのバンドが当たるところや、パンツのゴムのあたるところが皮膚炎を起こして痒かったのに、肌がすっきりしている。

 僕は肌が弱いほうで、肌がこすれる部分や、汗のたまるところに汗疹ができ、ほっておくと皮膚炎になってしまう。旅をしていて、風呂に入らない日が多かったので、汗をかいたままにしていた肩や足、首にかなり深刻な汗疹ができていて皮膚炎になりかけていた。

 ところが、今朝肌がすっきりしていて不思議に思って見てみると、小さなかさぶたができているだけですっきり治っているのだ。カムイワッカの滝のすごく強い酸性で皮膚が消毒されたのだろうか、一晩にして全身の皮膚炎が治ってしまった。この勢いだと水虫さえも治してしまいそうである。すごく痛かったけど。良薬口に苦し、皮膚に痛し、ということだろうか。もしアトピー等でお悩みの方は行ってみてはどうだろうか。どうなっても保障はしないけど。

 知床半島は北海道の右上の端に位置する。北海道をぐるっとまわる旅を進めるには稚内方面になる。稚内へは北海道の右上のオホーツク海沿岸を走っていくことになる。ふたたび海岸線で退屈そうだが、やっぱり北海道に来たならば稚内にある日本最北端の宗谷岬に行かなければならない。

 



小清水のまっすぐ道路。左が湖で、右の丘の向こうが海。

体の調子も良くなり、元気良くスタートした。ウトロからは斜里町方面へ引き返さなければならない。秋になって荒れるオホーツク海を見ながら2日前に走ってきた道を、ふたたびこぎ続けた。知っている道は地形がわかっているので安心して走ることが出来る。でも退屈だ。

 国道は斜里の市街地の中を通らず、脇の農耕地帯をすり抜けるように通過する。だから僕は数年後移住してくるまで斜里町はほとんど人が住んでいない、何もないところだと思っていた。

 だから別に用も無いので、この街の存在をほとんど気にすることなく通り抜けた。市街地らしきところを通り抜けるとまた広大な畑の中のまっすぐ道になる。道路脇には農作物の直売所があり、「ライダー大歓迎!」という看板があって,
入り口には「じゃがいも一箱1000円」という看板もあった。安い。でもダンボールいっぱいのジャガイモは持って走れない。

 道路脇には建物一つなくなった。見渡す限り広大な畑だ。みちもまっすぐ。ペダルを踏むこと以外にやることが無い。あんまり遠くを見ていると、景色が変わらず前に進んでいる気がしないので、道路脇の畑の農作物を見ながら走った。ジャガイモだろうか。緑色の見慣れたあの茎が広い大地に並んでいる。手前数メートルから見える限り向こうまで果てしなく。もう盛りが過ぎてしまっているみたいだ。そろそろ掘らなくていいのだろうか。でも、こんな端っこが見えないくらいの畑、まさか手で掘らないだろう。たぶん巨大な機械で大きな鍬みたいなので一気にグワーン!て感じなんだろうか。でも、こんな地平線までありそうな畑、大きくてひとつの機械よりも、数で勝負したほうがいいのだろうか。100人くらい一列に並んで横一列!見たいな。

 




道路わきの牧場。僕が横で写真をとってもまったく気にしないみたいだ。

 とにかく暇だったのでいろんな事を想像しながら走る。たまにジャガイモ以外の農作物もある。まるで、ほうれん草のような緑のしっかりした葉っぱが、きつそうにびっしり植えてある畑もある。左方向には絵に描いたような美しい独立峰の斜里だけがそびえている。

 小清水の駅を越えると、左側に涛沸湖(とうふつこ)が見えてきた。ここは面白い地形で、左側に湖、右側に海を見ながら走る。まっすぐで広くて、広い空と大地が目の前で引っ付いている。

また、道路から海側の海岸線は、丘陵地になっていて、シーズンになるといろんな北の植物が咲き乱れる場所で、「小清水原生花園」という名で有名である。野生の花が咲き乱れるところを「原生花園」と呼ぶらしい。自転車で走っていて、○○原生花園という看板を目にした。この数年後、この地に移住して、何度も何度も飽きるほどこの景色を見ることになるのだけども。

 さて、小清水原生花園の横を走りながら、なんか変な感じに襲われた。なにか忘れているみたいなのだ。なんか景色が引っかかる。どうやらこの景色知っているような・・・。なんかデジャビュにおそわれたみたいなのだ。ガイドブックの写真かなにかで、記憶にあるだけかと思ったら、あの原生花園の丘の上で花を掻き分けて進んだことがあるような。そうそう、そして今走っているこの道を見下ろした・・・ような?ありえない。はじめてきたんだから。


小清水の遊歩道。空が広い。

 しばらく下を向いて思い出そうとして、思わず「あ〜!」と大声を張り上げてしまった。うん、やっぱりここに来た記憶がある。夢の中でだ!高校生のころ僕が見た夢の景色にそっくりだ。あの丘の形、そして足元に生えている膝丈くらいの植物。だけどもう少し寒い景色だったか。お土産屋は無かったような。でもほとんど同じだ。高校生だった頃に見た夢だ。そこには友人も一緒にいたんだが。こんなところに住みたいなあと、インパクトがとても強かったからずっと覚えている。でも、偶然だったのか、気のせいだったのか、デジャビュを信じますか?

 胸のむやむやも消えて、すっきりした気持ちで前へ進む。デジャビュだ〜、と思っていたが、すぐにどうでもよくなってしまった。暇な道はいろんな事を考えさせる。そうこうするうちにだんだん町になってきた。網走が近いのだろう。海岸が断崖になっていて、その崖の下の海岸を這うように進む。振り返ると広い湾の向こう側に斜里岳と知床半島がみえる。

 気がつくと都会の中だった。網走の町というと刑務所、というイメージがあり、それ以外は寒いところ、というくらいしかない。わざわざこんな遠くまで来て刑務所なんか見たいと思わないので、網走の町を越えたところにある網走湖のキャンプ場で一泊することにした。地図によるとここは無料なのだ。

 程なく町を抜けると、網走湖が現れた。ちょうど夕日の時間帯で、湖の向こうに夕日が沈むところだった。網走湖に沈む夕日は見事だった。

 テントサイトはきれいに管理された芝生であった。網走湖はもう目の前にある静かなキャンプ場で快適に夜を過ごした。(つづく)


網走湖。キャンプサイトから見える夕日は最高だった。

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