プロローグ はじめに

「旅に出たいんですけど」

先日、まだ学生だと思われるお客さんがお店に来てくれた。MTBが見たいというのである。いつものとおり予算はいくらぐらいで、どんな使い方をするのか彼に聞いてみた。彼はなぜか少し恥ずかしそうに「ツーリングに行きたいです」と言った。ツーリングといってもいろいろある。「へえ、日帰り?」「いえ、一月ぐらいかけて」「キャンプして?」「はい、旅に出たいんですけど、まだ何も知らなくて・・・」

僕はうれしくなって、僕の旅の経験を彼に話した。それはまるで新人の社員を飲みに連れて行ってクダを巻く、ちょっと鬱陶しい先輩、みたいな感じだった。彼に話すことで旅に出ていたことを思い出し、自分が思い出に浸っていたのかもしれない。自転車の商談の話しなんか100万光年の彼方まで飛んでいってしまった。

 そんなことがあって、家に帰ってからあのころのアルバムを本箱から引っ張り出してみた。久しぶりに開けられるアルバムは、ぱりぱりとあの特殊なフィルムの音がして、表紙の裏には僕の手書きの「北海道」という文字と、下手くそな手書きの北海道の地図の絵が躍っていた。

 アルバムの写真を次々に眺めていくと、あのころ旅で出会った風景や人、出来事、そこにあった空気、においの記憶が洪水のように押し寄せてきた。これらのたくさんの写真の中の風景や僕は、あの当時のまま時間が止まっていた(当たり前やね。写真だから)。写真の中の僕は、青空の下で笑顔で現在の僕に向かって手を振っている。

 いまから僕の青春時代の旅日記をつづってみたいと思う。もし若くて、旅に出たいと思っている人は旅の参考に(ならないか)し、旅に出るきっかけになれば、またこれを見て旅の空の風を少しでも感じて、一緒に旅に出たような気持ちになって現実逃避してもらえれば(あ、これは僕か)と思う。タイトルは「雲のように風のように」。ちょっとかっこつけすぎのような気もするけど、まだ何色にも染まらず、形も定まらない雲のようで、まだ何も背負わずどこへでも飛んでいける風のような若者だった(今、思えばだけど)ころの旅の記憶を、衣類の整理のように引っ張り出して並べてみただけのもの。すこしお付き合いいただければ、と思う。



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